日別アーカイブ: 2022年9月2日

警察と検察だけでなく、裁判所にも責任があるのでは?

高槻女性殺害の容疑者、留置場で自殺図り死亡…真相解明は困難に」と言うニュース。

記事では、「容疑者が1日朝、勾留先の府警福島署の留置場で首をつっているのが見つかった」と記載されています。

勾留先で自殺されるというのは間違いなく警察と検察の問題ですよね。

警察や検察が、容疑者を勾留すると言う事は、2次犯罪の防止だけでなく、逃亡や証拠隠滅等を防止することが目的のはずですよね。

で、容疑者が自殺すると言う事は、記事にあるとおり「真相解明が遠のくこと」になってしまいます。

容疑者、すなわち一番の証拠を隠滅されてしまったと言う事になってしまいます。

裁判所も検察からの逮捕、勾留を認めたと言う事は、検察からの証拠隠滅等の可能性を認め、それを防止すべく勾留を認めていることになります。

裁判所は警察や検察が容疑者を適正に拘留することを条件に、逮捕勾留を認めたことになるはずですよね。

と言う事は、今回のような事案に対しても裁判者にも一定の責任があるのではないのでしょうか?

府警幹部が「このような事態になったのかをしっかり検証しなければならないと語った」とありますが、裁判所も検証すべき事があるのではないでしょうか?

逮捕状が来たのでハンコ押して返却しただけなのでしょうかね?